神社・体験・その他スポット

神社

伊豆山神社

伊豆の地名の発祥地でもある伊豆山神社。 源頼朝と北条政子が結ばれた場所であることから、縁結びの神社としても有名です。江戸時代には伊豆大権現と呼ばれ、徳川家康も参拝に訪れた歴史のある神社です。
長い石段をのぼり境内へ上がると、熱海市街と海を見下ろすすばらしい眺望を楽しむこともできます。

来宮神社

来福・縁起の神として古くから信仰されている來宮神社。本殿横には国の天然記念物にも指定された樹齢約2000年以上、幹の太さは24メートルの大楠の御神木があり、パワースポットとしても有名です。幹を一回りすると一年寿命がのびると伝えられており、 この木の生命力にあやかろうと長寿・病気平癒・健康祈願の参拝者が多く訪れます。例大祭は毎年7/14~16に開催されます。

今宮神社

熱海の西部地区にある今宮神社は、古くより心願成就の宮として崇敬を集めてきました。御祭神は、事代主神と大国主神。創立は大変古く、今から1700年以上も前、仁徳天皇の御世と伝えられています。
源頼朝の伝説もよく知られています。源頼朝が伊豆に流されていた頃、熱海の山中に迷い込んだ際に大楠の下にあった社に祈り、無事に追手から逃れることができたことから、その後、殿を造営するなど心を尽くしたそうです。

湯前神社

「病を除く効果がある温泉がある」と神様からのお告げがあり、祠を立てて神を祀ったのが始まりの神社で、熱海の湯を守っています。熱海の温泉に感謝し、線脈が絶えないようにと、秋には例大祭が開催されています。
社には奉納した旅館の名前がずらりと刻まれていて、今なき旅館名も連なり、近代温泉旅館の歴史を感じることができます。神社前には熱海温泉の源泉とされる大湯が湧き、「日航亭大湯」では、この源泉の湯で日帰り入浴を楽しむこともできます。

体験
その他スポット

貫一・お宮の像

 明治30年より6年間「読売新聞」「新小説」に断続的に掲載された 尾崎紅葉の小説「金色夜叉」(こんじきやしゃ)主人公の「貫一・お宮の像」そして「お宮の松」は海岸の国道沿いにあり、観光写真スポットとなっております。

ジャカランダ遊歩道

世界3大花木(カエンボク・ホウオウボク・ジャカランダ)の一つ。熱海市には、貫一・お宮の像から伊東方面、国道135号沿い(東海岸町「ジャカランダ遊歩道」~渚町「親水公園」間の歩道、および親水公園内)に高木と苗木があります。

足湯 家康の湯

 熱海駅前にある天然温泉を使用した足湯は、徳川家康来熱400年(2004年3月)の記念事業として設置されました。足湯には100%本物の温泉を供給しています。

午後4時に足湯部分のお湯を全て抜き、毎翌朝掃除した後、新湯を張り利用する“かけ流し”足湯です。

午前9時から午後4時まで

※悪天候等で中止になる場合があります。 

走り湯

「走り湯」は、日本でも珍しい横穴式源泉で、日本三大古泉の一つです。
今から約1300年前に発見され、山中から湧き出した湯が海岸に飛ぶように走り落ちる様から 「走り湯」と名付けられました。70度近い湯が毎分170リットル湧き出ております。

 

熱海七湯めぐり

日本屈指の温泉郷である熱海は、源泉の数も多く、その総湧出量は毎分17,085リットル(平成23年2月)を誇っています。この熱海温泉の歴史に重要な位置を占めてきたのが、『熱海七湯』と呼ばれる自噴の温泉で、熱海の名湯として知られ、大正年代にはまだ残っていました。(『続熱海風土記』)

平成9年に市制60周年事業の一環として、本市の温泉の歴史を築いてきた「熱海七湯」の再整備を行うことで、湯けむりを立ち上がらせ、情緒豊かな当時の熱海温泉の再現を図りました。

七湯は、お宮の松にほど近い熱海銀座近辺に散在していますので、七つの源泉をめぐり、『熱海七湯』にまつわる話と歴史にふれ、湯の町の情緒を楽しんでみてください。

※七湯は当時の温泉施設を復元したモニュメントで、自然湧出時代の痕跡はとどめていません。(入浴施設ではありません。)

大湯間欠泉(おおゆかんけつせん)

「大湯間歇泉」は、古くからの間歇泉で世界的にも有名な自噴泉でありました。大湯の噴出は、湯と蒸気を交互に激しい勢いで噴出し、地面が揺れるようであったといいます。関東大震災(大正12年)後、噴出が衰え、昭和37年に人工的に噴出する間欠泉として再整備され、市の文化財として保存し現在に至っています。

小沢の湯・平左衛門の湯(こさわのゆ・へいざえもんのゆ)

沢口弥左衛門、藤井文次郎、米倉三左衛門の庭の湯を「平左衛門の湯」と称し、土地の人々は小沢(こさわ)にあったので「小沢の湯」と呼んでいました。「清左衛門の湯」と同様に、人が大声で呼べば大いに湧き、小声で呼べば小さく湧き出たといわれています。

河原湯(かわらゆ)

この辺りは石のごろごろとした河原で、温泉が絶えず豊富に湧き出ました。河原湯は熱海村の農村や漁師、近くの人々が自由に利用できた唯一の源泉でした。小田原城主が村民のために浴室を設けてその屋根を瓦葺としたために「瓦湯」と称したとか。

佐治郎の湯・目の湯(さじろうのゆ・めのゆ)

佐治郎という者の邸内にあった湯で、明治の頃は上杉助七の邸内にありました。
火傷にも良く効き、また眼病にも良いといわれ、別名「目の湯」ともいわれています。

 

清左衛門の湯(せいざえもんのゆ)

昔、農民で清左衛門という者が馬を走らせこの湯壷に落ちて焼け死んだことからその名が付けられました。明治までは、昼夜常に湧き出て、人が大きな声で呼べば大いに湧き、小さな声で呼べば小さく湧き出たといわれています。

風呂の湯・水の湯(ふろのゆ・みずのゆ)

風呂の湯は昔、外傷によいといわれた湯。湯気が盛んに出たため饅頭を蒸したり、酒を温めたりして販売。またこの湯の傍らに塩分の無い温泉が湧き出し、明治時代には淡白無味常水を温めるもののごとしとして「水の湯」と名付られました。

野中の湯(のなかのゆ)

泥の中に湯がブクブク噴いて、杖で突くと湧き出したといわれている野中山のふもとの湯。このあたりの土は赤土で、壁を塗る材料にしていました。江戸時代までは、湧き出るところが浅く、入浴には利用されなかったため湯枡はありませんでした

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